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福岡地方裁判所 平成元年(わ)242号 決定

少年 J・Y(昭47.12.1生)

主文

本件を福岡家庭裁判所に移送する。

理由

(認定事実)

被告人は、

第一  しばらく前から親しく交際していたA子が、平成元年1月17日午前3時30分ころ、見知らぬ男性であるB及びCらとホテルに同室しているところを発見して激怒し、右B、C両名に対して制裁を加えようと考え、当時寝泊まりしていた暴力団○○一家○○組組員方近くの福岡市博多区○○町内まで連行したものの、途中で右Bに逃走されたため、これへの憤激も加わり、

一  同日午前5時20分ころ、福岡市博多区○○町××番××号のマンション工事現場付近路上において、逃げそびれたC(当時16歳)に対し、所携のあいくち類似の刄物様のものを示すなどしながら、「お前を刺す。兄貴に血の付いとらんドスば返されん。」などと申し向け、もって、同人の身体に危害を加えるような気勢を示して脅迫した

二  右一の犯行後もなお憤まんが収まらず、同日午前5時25分ころ、同町××番××号○○方東側駐車場において、右Cに対し、同人の顔面等を数回足蹴りするなどの暴行を加えた

第二  前記第一の脅迫、暴行により前記Cが畏怖しているのに乗じて同人から金員を喝取しようと企て、前同日午前5時40分ころ、同町××番××号○○方付近路上において、右Cに対し、「お前、財布持っとうとや。」などと申し向けて金員の交付を要求し、右要求に応じなければさらにその身体等にいかなる危害を加えるかもしれない気勢を示して同人を畏怖させ、よって即時同所において、同人から、その財布を預かっていた前記A子を介し、現金約3万6000円在中の財布1個の交付を受けてこれを喝取した

第三  同月18日午後9時ころ、福岡市中央区○○通×丁目××番××号先路上に設置された公衆電話ボックスから福岡県糟屋郡○○町大字○××番地の×所在の前記C方に電話をかけ、応対に出た同人の父D(当時49歳)に対し、「俺の女とお前のところのCが交際しているがどうしてくれるか。俺は兄貴や親分に話をしたが、この話をつけるのに費用が18万ちょっとかかったけん、それば払え。金を用意せんとお前の家族を殺してしまうぞ。それでいいか。お前、今からすぐ事務所に来い。お前が来んなら俺の方からお前の家に押しかけて行くぞ。それでいいとか。」などと語気鋭く申し向けて金員の交付を要求し、右要求に応じなければ同人等の生命等にいかなる危害を加えるかもしれない気勢を示して金員を喝取しようとしたが、同人が後記第四の犯行後に警察に届け出たため、その目的を遂げなかった

第四  前記第一の冒頭に記載のとおり、前記Cが前記A子らとホテルにいるのを目撃した際、右Cに対し、前記Bとともに右A子に二度と近づかない旨約束させていたにもかかわらず、前同月19日午前2時20分ころ右A子が居住する福岡県博多区○○×丁目×番×号○○住宅×棟玄関において、同女らと話をしていた際、右Cが右Bとともに約束を破って同女を訪ねて来たところを発見して激昂し、右Bらを捕まえようとしたものの、再び右Bに逃げ去られ、逃げ遅れてひたすら謝罪する右Cに対して右Bに対する怒りをも併せて激怒を募らせ、その感情の赴くままに右Cが着用していた厚手のジャンパーを脱がせたうえ、同日午前2時30分ころ、同棟1階エレベーター前において、所携の炭酸飲料水の瓶に入ったトルエン等を含有する有機溶剤の混合液約140ミリリットルを正座させていた同人の頭部上方からその顔面及び着用のシャツ等にかけ、これに点火すれば、同人が死亡するかもしれないが、それもやむをえないものと考え、右A子の制止を振り切って所携のライターでその頭部付近に点火して右シャツ等にその火を燃え移らせたが、右Cが戸外に飛び出し、おりからの小雨で湿潤していた地面を転げ回るなどしてその火を消し止めたため、同人に入院加療20日間及び通院加療約2週間を要する顔面、頸部、両手背部、背部、右上腕部熱(火)傷の傷害を負わせたにとどまり、殺害するには至らなかった

ものである。

以上の各事実は、当公判廷で取り調べた関係各証拠によって、これを認めることができる。

なお、右第四の殺人未遂の事実については、関係証拠によると、被告人においてCについていた火を消そうとして同人のジャンパーをその体に被せるなどした事実は認められるものの、その時点では上半身を覆っていた火炎は同人の自力での消火行為によりほとんど消し止められ、その右肩あたりにわずかに燃え残っていた程度であって、被告人の右消火行為を待つまでもなくすぐに消火する状態に達していたことが認められ、かかる態様での被告人の右消火行為をもって殺人行為を「止メタ」ものとすることはできず、中止未遂には当たらないと解するのが相当である。

(罰条)

判示第一の一の事実 刑法222条1項

判示第一の二の事実 同法208条

判示第二の事実 同法249条1項

判示第三の事実 同法250条、249条1項

判示第四の事実 同法203条、199条

(保護処分を相当とする理由)

被告人は、中学2年生ころまでは特に問題もなく真面目に通学していたが、3学期に入ったころから父母、特に父親に対する不信や反抗の念を抱くようになるとともに交友関係や生活態度も乱れ始め、中学3年生の夏休みには大阪・名古屋に家出をして、その後はほとんど登校しなくなり、昭和63年1月には、自宅で友人とシンナー遊びをしていたのに激怒した父親に登山ナイフを投げつけるなどしたため、父親との関係が著しく悪化し、2月ころからひとりでアパート暮らしを始め、中学卒業後も定職に就かず、5月ころから愛知県岡崎市に行って暴力団組員の仕事の手伝いをするようになり、9月に福岡市に戻った後も11月ころから暴力団の事務所に出入りしその組員の部屋に寝泊まりする生活を続け、それまでの間に犯した恐喝、窃盗の非行により、同年12月福岡家庭裁判所で観護措置をとられたうえ、試験観察に付されながら、家庭裁判所の指導に反して組員の部屋での寝泊まりを続けていたもので、約2年間のうちに急速に非行傾向を深めていき、かつ本件当時の被告人の非行の度合いも甚だ高度であったことが認められるのであって、その背景としては、父親との葛藤を適切に解決しえず、家庭に全く受け入れられていないと感じて自己の将来への展望を持ちえなかったことを挙げることができ、それが強い攻撃的感情となって被告人の反社会的行動傾向を急速に深めていったものと考えられる。

ところで、被告人は、これより先の同年11月ころから、前示のA子と交際し親密な間柄になっていたが、本件は、同女が他の少年とも交際していたことを知ったことから、自尊感情を傷つけられ、強い攻撃感情を触発されて、次々と本件の一連の犯行を重ねたものと認められるところ、その動機はまことに自己中心的かつ短絡的であり、しかも同女の交際の直接の相手方ではなくその者と行動を共にしていたに過ぎない少年及びその家庭に対する行為であって、理不尽なものといわざるをえず、とりわけ、殺人未遂の行為は、被害者がひたすら謝っているにもかかわらず、無抵抗の被害者の頭部にシンナーをかけて火をつけるという極めて残忍かつ冷酷・非情なものであり、被害者は死の結果は免れたものの判示のような重傷を負うに至ったという重大な結果や、その恐怖の念、社会に与えた衝撃の甚だ大であること、前記のような被告人の非行性の著しさ、とりわけ当時は被告人において投げやりな態度に終始し、被害者に対する贖罪の念すら明確に示していなかったことを考え合わせると、家庭裁判所の検察官送致決定の時点においてすでに判明していた後記の諸事情を考慮しても、被告人に対し刑事責任を厳しく問うことによって処遇することは十分合理性があり、その趣旨に出た家庭裁判所の措置は、当裁判所としても、その時点においては適切かつまことにやむをえないものであったと考える。

しかしながら、本件のうち特に情のよくない殺人未遂については、使用したシンナーの量はコップ約3分の2ほどであり、その量や火勢に驚き遅まきながら駆け寄って消火行為に出ている状況などに照らしても、殺意は未必的なものに止どまると認めるのが相当であるうえ、たまたまA子の求めで、吸引用として上質とされるシンナーを同女のために持参していたのを使用するに至ったもので、シンナーを用いたのは偶然の事情によるものであり、更に被害者らがA子と約束した時間より1時間近く早く現場に着いたことから被告人と被害者らとが鉢合わせをすることになったという事情もあることからすると、その場の成り行きにより生じたものとして、計画性のないまさに偶発的な色合いが濃いものである。そして、犯行は幸いにも未遂に終わっており、かつ被告人は、犯行当時未だ満16歳に達したばかりであって、その行動の心理には年相応に未成熟なものが明らかに認められ、他方、生活態度が乱れ始めたのは、前示のとおり昭和62年に入った中学2年生の終わりころからで、以後急速に非行への傾斜を強めていったものであり、その意味では非行歴は比較的短く、これまで在宅試験観察に付されたことはあっても少年院での収容保護を受けたことはないことからして、なお矯正保護になじむ面を多分に有することも否定しがたいところである。そして検察官送致決定の時点においてすでに判明していたこれらの事情に加え、現時点でも未だ満16歳10か月に過ぎないところ、検察官送致決定後も約半年間に及ぶ身柄の拘束を受けている間に、本件につき深く反省するとともに、以前よりも一層被告人なりに過去の生活態度を振り返り内省・自己洞察を深めつつあり、自己の強い攻撃的心理の原因・背景事情などにつきある程度把握しつつあることが認められるとともに、更生への意欲を強めてきていることが窺われ、このように被告人の心理状態に相当程度の変化が生じていることや、被告人の性格傾向、知能に合った適切な矯正教育を施せば更生の可能性が十分存することについては、当裁判所の鑑定人による鑑定結果によってもよく裏付けられているということができる。このような被告人の心理状態の変化を考慮すると、その性格傾向の矯正については、被告人の年齢等に照らしても、現時点では、その個性を適切に把握してそれに応じたカウンセリングなどの措置をとるのによりふさわしい状況にあると考えられる少年院での処遇によりこれを図る必要性ないし相当性が増加しているものと考えられる。更に、本件直後における被害者の甚だしい火傷の痕跡は、まことに幸いなことに、その後一部耳の後ろや手首の部分を除いてほぼ完全に消滅するに至っていて、被害者の証言やその態度からも、精神的な衝撃から一応回復して明るさを取り戻し、調理学校にも通うようになって日常の生活に復帰している状況が認められ、被害者やその家族らは被告人を許す心境には到底なく、その被害感情にはなお相当厳しいものがあるものの、不十分とはいえ被告人の両親から50万円余が支払われ被害者との間に示談が成立し、これにより、被害感情も以前よりはかなり緩和されてきていることが窺われる。当裁判所の審理の過程において生じたこれらの新たな事情をも合わせ考えるならば、現時点においては、被告人に対し厳しくその責任を問うよりはその矯正教育にやや視点を移した措置を講ずることとしても、あながち正義に反するところとはならないと考えられる。すなわち、被告人は、成人に達するまでなお3年以上の期間を残していることや、少年鑑別所の鑑別結果や家庭裁判所調査官の調査結果をも参考として、以上の諸事情を総合して考察するときは、現段階における処遇としては、被告人に対し刑事処分として長期の懲役刑を科するよりも、これに代え、被告人を特別少年院等の少年院になるべく長期間収容することによって十分な矯正教育を施し、その更生を図るとともに自己の責任を果たさせることの方が、より相当であると判断する。

よって、少年法55条を適用して、本件を福岡家庭裁判所に移送することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小出淳一 裁判官 井上弘通 佐脇浩)

〔参考1〕受移送審(福岡家 平元(少)3180号 平元.10.27決定)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(非行事実及び罰条)

本件記録中の少年に関する福照地方裁判所第二刑事部裁判長裁判官小出淳一他2名作成の平成元年10月3日付け決定書の理由中(認定事実)及び(罰条)の項記載とそれぞれ同一であるからこれらをここに引用する。

(処遇の理由)

少年は昭和62年8月25日、同年11月15日及び同63年8月20日に犯した各恐喝の非行並びに同年4月2日に犯した窃盗の非行について、同年12月27日当裁判所で家庭裁判所調査官の試験観察に付せられたが、その観察期間中に本体各非行を犯したものであるが、これら一連の所為は極めて粗暴で執拗且つ陰湿な犯行であって、少年の自己中心的で支配欲や自己顕示欲の強い性格特徴を併せ考えると、それ自体、少年の危険な犯罪傾向を認めるに十分である。しかもその背景として、保護者殊に父親に対する少年のかなり屈折した感情関係が窺われ、従来の保護者の家庭における保護実績及び家庭内部の軋轢の経緯に照らせば、両親に少年に対する今後の指導監督を期待することは困難な状況にあることが認められ、少年の要保護性は極めて大きいと考えられるところ、少年には、社会生活に適応するために改善ないしは低減すべき性格上及び親族との間の感情関係に問題点が多く、社会内での矯正指導は困難と思われる。従って、少年の健全な育成を期するためには、この際少年を中等少年院に収容保護して、専門的な見地からカウンセリングや内観などにより、本件非行に対する反省はもとより、自己の問題点を正しく理解させ、少年の精神面の正常な発育を促して本件非行の背景とも言うべき父親に対する愛憎の共存的感情状態(依存感情を基調としながらこれが強く拒否されていることに起因すると思われる。)を調整するよう自己統制力を養い、観念的な自己分析や自虐的な反省にとどまらず、現実の社会生活に即応した技術の習得などを通じて、健康で実践的な勤労生活にたいする意欲を助長し、これに対する努力を続けるよう徹底した矯正指導を施すこと、及び保護者に対しても少年の更生の意欲を助長する方向での接触並びに仮退院後における生活を予定しての家族間の感情関係の調和調整を図るよう積極的な助言を与えることが必要且つ相当である。

なお叙上の観点から少年を浪速少年院に収容して、その職業訓練課程で矯正指導をすることが望ましく、また仮退院の時期についても、本件事案の重大性や少年の内部葛藤の複雑さを勘案し、少年の矯正課題及び両親との感情関係の調和調整の各達成度について、慎重な配慮が必要と考えられる。

よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項、少年院法2条3項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 畑地昭祖)

〔参考2〕処遇勧告書

平成元年 少3180号

〈省略〉

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